六甲アンテナ
<体験談>手話を学んで見えた、聞こえる人・聞こえない人の距離

2025年秋、日本で初めて「デフリンピック」が開催されました。手話でインタビューに応えるアスリートの姿を見て、職場でのコミュニケーションについて改めて考える機会になりました。今回は手話を学び始めた頃の私の経験をお話します。
音声言語が通じない環境で気づいたこと
私が入社したときは、7割が聴覚障がい者のある人たちでした。これまで当たり前だった音声言語が通じない環境で働くことになり、戸惑う場面がいくつもありました。
・会話の輪の中に入れない孤立感
・言いたいことが伝わらないももどかしさ
・会話の内容が理解できない心細さ
気づけば、自分だけが取り残されたような感覚になりました。けれど、この孤独感は聞こえる私にとっては一時的なもの。
そのとき感じた想いから、聴覚障がいのある同僚が日常で直面している状況に、思いを寄せるようになり、その気づきがコミュニケーションを考えるきっかけになりました。
「上手さ」より大切なこと
そこから筆談や身振りでコミュニケーションを取るようになり、「手話は上手・下手じゃない。伝えたい気持ちがあれば通じる」そう教えてくれたのは聴覚障がいを持った同僚たちでした。実際には、何度も言い直したり、歩み寄ってくれたからこそ成立していた会話でしたが、彼らの“ウェルカム”な姿勢に背中を押され、車いすユーザーの私も、手話を覚えたら役に立てるかもしれない・・・と思うようになりました。
ここから早く覚えたい一心で、勤務後は手話講座やサークルなどに参加し、昼休みには“手話リスニング特訓”。聴覚障がい者同士の会話を了解を得て、“見る”ことで理解力を鍛えていきました。
そして3ヵ月後。ある日突然、不思議な瞬間が訪れました。それまで断片的な「動き」にしか見えなかった手話が、すんなりと意味のある「言葉」として頭の中に流れ込んできたのです。
「えっ、わかる?!」まるで霧が晴れるような、視界がパッと開けたような感覚と衝撃。これが私の手話が自然と理解できるようになった瞬間でした。
手話がくれたつながり
もちろん、ここからが手話の本質を学ぶ本番でした。聞こえる人に話し方の癖があるように、手話にも一人ひとり個性があって多様です。難易度が高い“早口のような手話”を使う同僚もいて、最初は理解が追いつかないこともありました。
それでも、私が理解できるように表現を工夫してくれたり、私自身も試行錯誤したりと、お互いに“伝わる形”を探しながら、2年かけて会話が成り立つようになりました。気づけば、障がいは違ってもお互いを尊重し合える私にとって“同志”のような存在になっていました。
つながりのその先に
車いすユーザーの私は、日常で周囲からサポートを受けることが多いです。でも手話を覚えたことで、今度は私が「聞こえる人」と「聞こえない人」の会話の橋渡し役になれる場面もできました。その経験を通じて個人的に実感したことは、「助けること」「助けられること」は決して一方通行ではなく、障がいの有無や種類に関係なく、支え合いは双方向であると感じています。
私たちの職場では、音声言語や手話、口話など、様々なコミュニケーションの形があります。これは私の経験ですが、「聞こえる人」と「聞こえない人」が互いに多様な手段を共有することが、職場の安心や働きやすさにつながるのではないでしょうか。これからも、そんなつながりの積み重ねを大切にしていけたらと思っています。
